蓮村枝履子(はすむらえりこ)
1963年生まれ。
東京都在住。18年間の出版社勤務を経てフリーランスに。
数々の月刊総合女性誌で得た経験をもとにビューティ&ヘルスアドバイザーとして、また、フリーの編集者として活動する。
心身の健康と美の探求、TM瞑想がライフワーク。
夫と息子、猫の4人(?)家族。







前回は、洗わない洗顔、簡単に拭き取るだけのクレンジングへとはまっていくお話をしたわけですが、その後どうなりましたかと言いますと…もちろん、ラクな方へ、ラクな方へと流れ流れていつしか夜の就寝前にまともにバシャバシャと洗顔することは皆無となっておりました。朝のシャワーの時に洗顔料で洗うことはしていたので、ま、大丈夫でしょ、くらいに軽く考えていたのです。
その後『ナノ』という十億分の一を表す単位のスーパー微粒子が化粧水や美容液に用いられるようになり、皆さんもご存知の通り美容成分の新たなる花形として注目を集めました。
このナノ化粧水を初めて手にしたときはとても嬉しく、これはお肌の奥にまで保湿成分が届くしっとり系の超スグレモノに違いないと思い、早速使ってみたのを覚えています。
しかし、このナノ化粧水をつけた直後にすっかり忘れていたあの感覚が蘇ってきたのです。
前回の第6話でお話しした洗わない洗顔を続けていた時に感じたのと同じあの感覚…肌に一枚の膜が張ったような鈍い圧迫感と違和感です。あれ? と意外でした。
これはあくまで個人的な感想ですが、お肌が潤う感覚は得られず、膜が張ったような鈍い圧迫感と、日に日に肌色がくすんでくるような感じばかりがするのです。久しぶりにまたもやこれはまずい! と頭の中でサイレンが鳴り、使用を止めました。
しかし、ナノ化粧水を一週間使った分だけ肌はくすみ、それがまたもや定着してしまったのです。
それからというもの何度鏡の中の自分を見直してみても、もう元の肌色には戻らないようでした。
このようにラクな方へ流れ、また、さまざまな美容品を試しながら4年の月日が流れていったのです。
そんなある日、当時担当していた雑誌の美容ページでエステティックサロンなどを取材するページに携わることになり、迷わず米澤式健顔サロンを推薦しました。そしてついに自ら取材する機会を得たのです。米澤式健顔体験はもう随分と遠い記憶となっていたものの、そのすごさはまだまだ生き生きと鮮やかな印象を放ちながらわたしの中に大切に残されていたのです。
2004年4月14日水曜日の11時。ほぼ4年ぶりで米澤式健顔サロンへ取材をしに伺いました。しばらくご無沙汰しているうちにサロンはソニー通りから並木通りのマックスマーラビルの最上階へと移転してグレードアップされていました。
久しぶりに米澤式健顔を体験しての取材でしたが、健顔を終えた後の変化は以前よりも顕著でした。
まず、最初に鏡の中で発見したことは、肌色がかなり明るく白く改善されていることでした。こんな自分の肌を見るのは一体何年ぶりなのだろうとしみじみ考えてしまうほどに素肌がきれいに生まれ変わっていたのです。
フェイスラインが引き締まり、目もいつもより大きく見えます。瞼のヨレが改善され、小じわも消えていました!驚きです。
小鼻もすっきりとし、わたしの顔はすっかり若返っていたのです!!またもやたった一度の健顔で!
施術後の自分の顔をみつめながら、すごいすごいとは思っていたけれど、そのすごさを本当にはわかっていなかったのかもしれないと改めて心底驚きました。
なぜならこれだけの健顔の価値を4年前に把握していたならば忙しくともなんとか時間を工面してサロンへ来ていたはずだと思えたのです。
しかし、それはお肌が衰え始めたからこその気づきでもありました。
米澤先生は4年前のわたしの肌の状態をしっかりと覚えていらっしゃったようです。が、なぜかわたしの肌について多くを語ろうとはなさいませんでした。取材の内容についてはにこやかにいくらでもお話しして下さるのに…。
そして帰り際、淡々とした様子で「健顔をしにサロンへ通われたほうがいいですよ」と一言だけおっしゃいました。それまでサロンや商品を勧めることを一切しなかった米澤先生の言葉であったのに、不覚にもさらっと聞き流してしまったのです。
この時、自分の中では米澤式健顔サロンへ通ったほうが良いと思うことだけで安心してしまっていたのです。
そのうち時間を作って…と思っていました。「そのうち」です。そのうちなんてそう簡単にはやって来ないことさえ気づきもせずに。
それから3年後。その言葉の理由を知るに至りました。2005年からライフスタイルが変わり、念願の米澤式健顔サロン通いが実現したのです。
定期的に通い始めて数ヵ月経った頃、米澤先生はこうおっしゃいました。「あの時はとても言えませんでしたが、ああ、あの人がこんなになってしまった、という肌の状態になっていたのですよ。初めていらっしゃった時はとてもきれいな肌をしていましたから」。
わたしの肌のことになるとやたらと口が重くなっていたのは米澤先生が気遣って下さったからなのです。(気づきもせずにすみません)
確かにあの頃のわたしのお肌はキテいました。しかしそれは、お手入れなどの問題ではなく、すべては肌の加齢現象だと思い込み、ガックリとうなだれながら諦めていたのです。それがどんな加齢現象もどきだったのかは…。